中小企業魅力発信月間キックオフ行事「憲章・条例活用推進シンポジウム」基調講演 
今こそ中小企業振興基本条例の具体化・活用を 
慶應義塾大学名誉教授/中同協企業環境研究センター座長 植田 浩史氏

6月10日に開催された中小企業魅力発信月間キックオフ行事「憲章・条例活用推進シンポジウム」基調講演では、慶應義塾大学名誉教授の植田浩史氏が「今こそ中小企業振興基本条例の具体化・活用を」と題して講演しました。その要旨を紹介します。

条例の50年と現在

中小企業振興基本条例の制定状況は大きく4つの時期に区分できます。

第1期は1979年から1998年までで、東京都墨田区の条例をはじめとする先駆的な取り組みの時代です。

第2期は1999年から2009年頃までです。1999年の中小企業基本法の抜本改正により、それまで地方自治体は、国の中小企業政策を実施する役割が中心でしたが、地域の実情に応じて独自の中小企業政策を展開することが求められるようになりました。その結果、自らの地域の中小企業を支援しようとする自治体が増え、条例制定の動きが広がっていきました。その代表例が、2001年に大阪府八尾市で制定された条例です。私も条例づくりに関わりましたが、条例づくりを中小企業振興と積極的に結び付けた画期的な事例でした。また、2008年には北海道帯広市では、農業を基盤とする地域産業と中小企業の連携による地域活力の維持・向上を目的に条例が制定されました。

第3期は2010年から2020年頃までです。2010年に制定された中小企業憲章で中小企業の重要性が国レベルで改めて位置づけられたことで、各地域でも条例制定が進みました。私も東京都新宿区、愛媛県東温市、松山市などの条例制定に関わりましたが、多くの地域で同友会が重要な役割を果たしていました。

さらに2014年には小規模企業振興基本法が制定され、商工会なども積極的に条例制定を推進するようになりました。その結果、条例は全国各地へと急速に広がりました。宮城県南三陸町では、東日本大震災からの復興を進める上で、地域の中小企業の再生と発展が不可欠であるとの認識から条例が制定されました。

そして現在は、2021年以降の第4期に入っています。この時期になると条例制定のペースは低下しています。これは制定できる自治体ではすでに条例が整備されてきたことが大きな理由です。

しかし、現在の課題はむしろ別のところにあります。その1つが、条例実践のマンネリ化です。活動が定型化し、新たな展開を生み出しにくくなっている面があります。また、条例制定や推進を担ってきた世代の高齢化が進む一方で、その理念や経験の継承が十分ではありません。これは中小企業、行政、研究者に共通する課題です。

条例の到達点

一方で、約50年にわたる条例の歴史の中で積み上げられてきた到達点もあります。

第1に、条例が全国に広がり、地域の活性化と中小企業の発展は不可分であり、中小企業自身の努力と地域全体の支援の双方が必要だという認識が広がりました。

第2の到達点は、中小企業と関係団体、行政、地域住民などによる共同の実践が各地で進められてきたことです。地域や中小企業が抱える課題を解決するために必要な連携や仕組みが考えられ、さまざまな取り組みが行われてきました。

第3に、中小企業の自助努力の重要性が、条例の中でより明確に位置づけられるようになったことです。近年の条例では、中小企業を単なる支援の対象としてではなく、地域づくりの主体として捉える考え方が強まっています。

その象徴的な例として、福岡県田川市の条例があります。田川市の条例では、経営改善、人材育成、地域貢献、関係団体との連携など、中小企業者の役割が幅広く規定されています。

条例は地域の中小企業がどのような存在でありたいのかを示す指針として機能しているのです。

条例の構造と特徴

中小企業の努力と地域の発展を一体的に捉えていることが、条例の最も重要な特徴だと言えます。条例の構造は以下の通りです。まず、人口減少・高齢化や環境・経済情勢の変化などを地域や中小企業の課題として具体的に捉え、共通認識を形成することから始まります。その上で、地域経済や社会、文化、歴史の中で中小企業が果たしてきた重要な役割を地域全体で確認します。そして、自治体や住民、関係機関、中小企業それぞれの役割を明確にしながら、地域と中小企業の努力と協働によって新たな経済価値やイノベーションを生み出し、地域経済の持続的な発展と住民生活の向上をめざします。

そのためには、地域内外のつながりを強化していく必要があります。1つは、地域内経済循環の取り組みです。地域の企業や住民、教育機関、団体などが相互につながりながら経済活動を展開し、地域の中で価値や資金が循環する仕組みをさらに発展させていくことが求められます。

同時に、地域外とのつながりも重要です。特にこれからは、地域外にファンをつくるという視点が欠かせません。顧客だけでなく、人材や支援者も含む関係人口を広げていくことが重要になります。今後は地域内循環と地域外連携の両立が、中小企業の発展につながると考えています。

また、そのような取り組みを進める際に、中小企業が地域内外のネットワークを構築しやすい環境を整えることは、行政の大切な役割の1つです。

今こそ、条例の具体化・活用を

すでに条例を持つ地域では、取り組みの「見える化」は欠かせません。地域でどのような活動が行われているのかを広く共有し、多くの人がその成果や課題を認識できるようにする必要があります。活動を地域全体で共有することで、新たな参加や連携も生まれます。

その前提として、地域の実態を継続的に把握することが重要です。定期的な実態調査などを通じて地域経済や中小企業の状況を把握し、その結果を基に地域独自の課題を明らかにしていく必要があります。そして、地域での協働を具体化し、持続的な取り組みへと発展させていかなければなりません。そのためには、産業振興会議や円卓会議など、中小企業経営者、行政、支援機関、専門家が集まり、地域の課題について議論する場を活性化することが重要です。

まだ条例を制定していない地域では条例制定に取り組むことが重要ですが、条例とその実践に求められる第1の課題は、条例の基本理念を改めて確認することです。各種の手引きや先行事例も活用しながら、条例が本来めざしているものは何かを再確認し、その理念を現在の社会経済環境の中でどのように具体化するかを考えていくことが必要です。

第2に重要なのは、地域の特徴を生かした課題設定です。地域ごとに歴史や産業構造、人口動態は異なります。そのため、地域の実情を踏まえながら課題を明確化していく必要があります。

第3に、課題に対応した政策スキームと推進体制を構築することです。課題を把握し、その解決に向けた政策と推進体制を具体的に構想しなければなりません。その際には、従来の延長線上の発想だけではなく、時には大胆な発想や挑戦的な取り組みも必要になるでしょう。自らの地域だからこそ実現できる独創的な取り組みを生み出していくことが重要です。

中小企業振興基本条例は、制定すること自体が目的ではありません。地域の課題を共有し、多様な主体が協働しながら新たな価値を創造していくための土台として、今こそ条例を積極的に生かしていくことが重要です。

「中小企業家しんぶん」 2026年 9月 5日号より