中小企業魅力発信月間キックオフ行事「憲章・条例活用推進シンポジウム」
基調講演 地域・中小企業の発展と憲章・振興条例の役割 
大阪公立大学商学部教授 本多哲夫氏

6月5日に開催された中小企業魅力発信月間キックオフ行事「憲章・条例活用推進シンポジウム」基調講演では、大阪公立大学商学部教授の本多哲夫氏が「地域・中小企業の発展と憲章・振興条例の役割」をテーマに講演しました。その要旨を紹介します。

 私は、自治体の中小企業政策について、主に大阪市をケースに研究を進めてきました。それに関連して、2017年から中小企業をテーマとした演劇を学生劇団と協力してつくっているほか、中小企業をテーマとしたラジオドラマをつくったりしています。物語・演劇で、中小企業の魅力発信をしているつもりです。

中小企業基本法と憲章・条例の関係

 中小企業基本法は、国の中小企業政策の基盤となる法律で、中小企業憲章・中小企業振興条例は、基本法の改定の流れに関連しつつ生まれたという経緯があります。

 1963年に制定された中小企業基本法は、1999年に全面的に改定されました。これは新基本法と呼ばれ、市場原理主義的理念に基づいて「成長企業(ベンチャー企業)を集中支援する」方針だとして批判の声が大きかった一方で、自治体に積極的な役割を与えるという方針も表明しており、賛否両論でした。

 こうした流れから生み出されたのが中小企業憲章と自治体中小企業振興条例です。中小企業憲章は政府が中小企業の位置づけや支援のあり方について改めて規定したもので、新基本法についての批判の声を受けて生まれた側面があり、市場原理主義的理念や新自由主義的性格を補うためにつくられたものとも捉えることができます。

 一方で、自治体中小企業振興条例は、自治体の中小企業政策の理念や目的・手段などを独自に定めた条例で、2000年代に入ってから制定の数が増えてきました。特に中小企業憲章がつくられた2010年ごろから急激に増加し、今や700以上の自治体で制定されています。

基本法と憲章・条例の政策観の違い

 憲章・条例にはあるけれども新旧基本法にはない言葉が、「地域社会」です。これは、1つは地域社会に果たす中小企業の役割に政策としてもっと注目すべきという声の表れだと思います。従来の政策観というのは、中小企業政策はビジネスや経済という枠内だけにとどまっており、地域社会のことは管轄外という考えでした。また、極端な言い方をすると、「行政が与える立場であって、行政が上、中小企業が下」という立場とも捉えられるような政策観であったと思います。

 一方で、憲章・条例に見られる新しい政策観は、中小企業の地域社会への貢献を重視するというものです。行政と中小企業が同じ立場で、互いに協力して地域社会がよくなることをしていきましょうという考えです。特に条例の方を見ると、中小企業の努力や役割を規定している条例が非常に多いです。

大阪市内の区役所と中小企業の連携

 私が地域社会と中小企業の関係の重要性を実感したのが、2010年ごろからの大阪市の一連の動きを見たときです。大阪市では2011年に中小企業振興基本条例が制定され、このころから大阪市内ではさまざまな区役所で中小企業と協力した地域社会づくりの活動が活発化していきました。

 その事例の1つが、「港区WORKS探検団」です。これは大阪市港区で行われた区役所と中小企業の連携の取り組みです。「港区WORKS探検団」が行われたきっかけは、2011年から区役所で開催されてきた「港区企業まちづくり交流会」というイベントです。この交流会は、港区に立地する企業の社会貢献や地域活動に関する情報交換、意見交換を行うものでした。そこでの話し合いで、地元企業が地域貢献活動を意識的に進めて、その活動を区役所がサポートするという気運が高まっていきました。

 そして、2012年に大阪同友会の中央ブロックが「港区WORKS探検団」の企画を区役所に提案し、中小企業と区役所が連携して実施することになりました。この企画は、港区の小学生とその親御さんたちに地元企業を見学してもらい、働くことや地元企業の活動について学んでもらうというものです。私もゼミ生と一緒にサポート活動を行い、中小企業が地域社会づくりに関わることがすごく大事なことだと実感しました。

 思い出深いのが、あるねじ工場の探検ツアーで起きたエピソードです。ねじ工場の探検に行った小学生の男の子と親御さんがいたのですが、後日、その子の小学校で授業参観がありました。その授業は将来の夢という題で作文を発表する授業だったそうです。その男の子は、「港区WORKS探検団」でねじ工場の探検に参加して、自分は将来町工場の経営者になりたいと思った、と発表してくれました。そのお話を後日親御さんから聞いて、関係者一同大変うれしかったです。

 大阪市の中小企業政策を研究してきた立場からすると、このような一連の動きは非常に画期的だと思います。画期的な点の1つは、中小企業に関することは、従来、大阪市経済戦略局が担ってきましたが、商工施策とはある種無関係な部署である区役所が中小企業と密接に関わるようになってきたという点です。2つ目は、従来の支援する側と支援される側という関係性ではなく、行政と中小企業が対等な立場で協力しながら地域社会の交流や学習のイベントをやっているという点です。3つ目は、中小企業の意義を伝える活動目的もあること。これは必ずしも政策として位置づけられてこなかったことです。

地域社会活動の重要性

 中小企業の地域社会活動は幅広いです。例えば大阪市大正区役所では、地元企業に呼びかけて災害時の協力体制をつくっています。地元企業は、帰宅困難者にトイレや避難場所などを提供することになっています。他にも、防犯活動、清掃活動、自治活動にも中小企業が関わっています。

 中小企業の企業活動は事業活動と地域社会活動の2つがあり、それぞれの活動が地域に貢献しています。事業活動を行うことで、地域での取引・雇用・納税が生まれて地域経済面に貢献します。また、地域社会活動を行うことで、地域での交流・学習・住みやすさの改善などにつながり地域社会面に貢献します。憲章・条例の新しい政策観では、この両方が重要だという認識があります。

 さらに、さまざまな地域社会活動の取り組みが事業活動を活性化させる事例もあることが明らかになってきています。イベントで中小企業が自社の事業について説明することで、自社の特徴や魅力の再発見につながりますし、人に見てもらうことでやる気や誇りも生まれます。それを通して、プレゼンテーション能力やコミュニケーション能力が高まるなど、人という経営資源が質的に向上していきます。また、信頼や評判といった新たな経営資源が付加されるという効果もあります。

憲章・条例の役割

 憲章・条例は、基本法とは違う新しい政策観を示し、今後に向けてそれを醸成していくもので、行政、中小企業、住民の地域づくりに向けた協働の体制を整える役割が大きいと思います。なぜなら、憲章・条例が協働の体制の根拠となるからです。その意味で憲章・条例は、豊かな地域社会をつくる土台となるものと言えます。ただ注意すべき点は、憲章・条例があるから行政から積極的なアクションが起きるわけではないということです。協働の枠組みができただけであって、これをもとに何をやるかを決定し、動き出すことが重要です。

公演のお知らせ

演目:「Xデーに花束を」
脚本:本多哲夫(大阪公立大学商学部教授)
出演:劇団カオス(大阪公立大学公認文化系サークル)
日時:2024年8月17日(土)13:00開演/17:30開演 / 8月18日(日)13:00開演/17:30開演
※開場は開演時間の30分前。
※全4ステージ。
※上演時間80分(予定)。
場所:大阪公立大学杉本キャンパス1号館1階「140周年記念講堂」
料金:無料(カンパ制)
定員:1回のステージにつき150名(事前申し込み不要・先着順)
【Story】
ひょんなことから従業員達は会社の秘密を知ってしまう…
「このままやったら清水谷工作所、終わっちゃいますよ!今日がXデーですよ!」
町工場の運命の一日を描く中小企業エデュテイメントコメディ

「中小企業家しんぶん」 2024年 7月 15日号より